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踊る水 第1回公演「空に笑う水」公演プログラムより
2003年4月20日 飯能市民会館
■振り付け・構成/カワラ ■出演/樋口鮎・中島えりか・泉伶奈・カワラ

踊る水第一回ダンス公演

「空に笑う水」

プロローグ   「女の水三態」

一、樋口鮎  ソロ (影:カワラ)

二、中島えりか ソロ (影:カワラ)

三、泉伶奈  ソロ (影カワラ)

  「水の精」

     カワラ ソロ

  「細胞分裂そして」

     四人

  「ゆりかご」

    カワラ、樋口鮎、泉伶奈

  「未知の波頭」

     |   四人

  「一水のひかり」



踊ることの、衝動の根源はどこからやってくるのだろう。

人はその生の中で、たくさんの感情とともに生きている。しかし、踊りの衝動は、日常的感情よりももっと奥の方の、ある水脈のようなものからあふれ出してくる。

それは地下水脈のようにして、太古の昔からとうとうと流れ続けている、生命の始まりに源をもつものかもしれない。

その生命進化の過程の中で、一体どれほどの多様なダンスがこれまでに踊られてきたのだろう。

その何億年という生命のダンスの歴史を思うとき、

人が今も踊り続けていることが不思議でたまらない。世界中には、たくさんの様々な踊りがあって、しかもアフリカのドゴン族などには、日本人には想像もつかない奇妙な踊りがあったりする。

この日本だけでも、相当な種類の踊りがあるが、この小さな島国は、実は世界一踊りの種類が豊富な国ではないかと思う。

このことは、日本の風土が多彩で豊かなことと、複数の民族が合流し融合してきた歴史を持っていることとも関係があるだろう。

違う身振りになるということは、同時に日常的な習慣だけでなく、違う角度の思考をともなうことも

意味する。 そして、民族の違いだけでなく、個人個人のレベルでも、一人として

全く同じ身体環境の人間はいないことを考えると、100人100様の身振り、ダンスが生まれる可能性もいつもあるということだ。

振付けということを考えるときに、頭に浮かぶのはそのことだ。

その人の今の身体環境から立ち上がってくる身振りをさぐり出したい。そう思う。

そして振付けを「フリツク」と言い換えると、また様相が変わってくる。

振りは付けるのでなく、外からひっついてくるもの、という風合いを帯びてくる。

振りは付けるものでもあり、同時におのずとくっ付いてくるものでもある。

そんなことを感じつつ、メンバーに振りを付けてきた。

それぞれが、違うそのままで、成長し融合し合えればと願っている。

違いがあるというそのすき間にこそ、様々な豊かな世界が宿る。

ダンスの水脈も、そういうすき間に見え隠れすることがあるように思う。

僕以外の三人の出演者は、去年の六月からダンスの本格的な稽古を始めたばかりの

人達だが、その成長には驚かされ続けている。

もちろん、それぞれ違う出自の踊りを経験してきてはいる。

(樋口鮎はアフリカンダンス、中島えりかは民舞、泉伶奈はヒップホップ)

この人達のこれからが振り付けする者としてとても楽しみだ。

そして、僕自身も、よりダンスの奥深い水脈をたどっていきたい。

細胞はみずから分裂していくことで、多様な生命のひとつとして道をあゆむ。

たったひとつのものが別れを繰り返すことが、存在の本質なのだと感じている。

その別れていく、もうひとつの自分自身に向けて、全力で感謝を伝えたい。

これがダンスの感情的な起点だ。

何度でも、新しく始めるために、力いっぱいのサヨナラを言うこと、愛しつづける存在の源へ

向けて感謝のステップを踏むこと。

踊る水は船を出す。それぞれの水脈の源に向けて。




踊る水の船出のこの日にお集まり頂いて本当に有難い気持ちでいっぱいです。

本当に本当にありがとう。

又、出演者に一部変更があったことをお知らせします。

島田康子は今回、事情があり、出演できませんでした。

彼女の出演を楽しみにして頂いていた方には申し訳なく、おわびします。

出演できなかった一方で、彼女は自分の夢に向けての準備を始めており、

その道の中で踊っていくことでしょう。

もうひとつ、衣装についてですが、今回の衣装は風季舎さんの手によるもので、全て草木染めです。他にもたくさんの友人に支えられて、踊る水がスタートできることに

感謝という言葉しかありません。全ての存在に有難う 

        :2003.4月20日 カワラ


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